2007年07月02日

強く思ふ事。

いやあ、変な梅雨だね。雨が極端に少ない…。

今年の夏は全国的に水不足が懸念されてるから、貯水でもしとくか!と思ってしまう。

太古の日本は、雨乞いの儀式が多く行われていたみたい。
ちなみに、日本では近畿地方に、芸能を豊穣する祭りが多くあるらしい。

五穀豊穣と共に、天に祈る儀式。

思念、願望、切望、希望。

この思念から広がる「望」が、今霞んでしまってる気がする。
目にするもの、手で掴めるものしか信じない人間が増えてしまっている。

情報の多角化で、いろんな仕組みが浮き彫りにされ、現実だけがつきつけられる。

僕は、果たしてそれが本当にいいのか?と思ってしまう。
思念こそ、人が持つ特別な能力。

見えないゴールをどれだけ信じられるかがキーワードな気もする。

僕は最近ウォーキングをしている(とある人にマシュマロっぽいと言われて.....。)。
珍しく続いてるけど、歩く前は、正直辛い。
膝がきしむ。足首が痛い。胸筋が辛い....。など等。

でも、僕は自分の10年後を見るようにしてる。
もしも、歌が歌えなくなってしまったらとか...............。

将来的に家族でも持てたとして、肥満から病気なって家族が苦しんだらとか...........。

また誰かに「マシュマロ」さんと言われたらとか(これは美意識の問題ですが。)......。

見えないゴールにこそ真実がある気がして。
あきらめない心や、信じ続ける勇気をどれだけ持てるか。

全ての人に必要な精神かもしれない。芸術を志す人間は尚更ハードルが高い。

とてつもない博愛で人を包み、抑え切れない感情を作品にする。
いろんな意見や思考に振り回されず、自分が信じた道を疑わず歩く。
この思考が僕の中から消え失せてしまったら、引退だ......。

タクシーが拾えず、反対車線を行き交うタクシーに目移りし移動。
その途端、反対車線にタクシーは来ず、元居た場所にタクシーは行き交う。
マーフィーの法則だ。

でも、そこには、「呼び込む」とゆう思念があるに違いない。
「反対側は拾えそうだけど、移った瞬間にタクシー来たりして.......。」的な。

人間は、思った事を具現化する事が出来る。
この高度な文明がその証だ。

デビュー出来ないはずがないと思っていた10代。
売れないはずがないと思っていた20代。
たぶん、思念が強かったのだろう。

そして30代。
やはり、音楽こそ僕の全て。

ABBAのダンシング・クイーンを聴いた時に、全身に稲妻が走った。
その時に、一般的に生きる事を捨て、感性を貰う契約をしたのかも。
念ずる事、信じる事。

今しか見えない時は、自分が自分と戦わなければいけない合図だ。

干上がってしまったアラル海。
融けてしまっている北極・南極の氷。
砂漠化が進む大地。
人が持つ保身。
中傷。
干上がる心。
雨が降らない事も、貧困がなくならないのも、地球が壊れる事も、全部同じ。
崇高な思念を探求したい。

ワンマンが近づいてきました。哲学的なとこは抜きにして、いっぱい盛り上がろう!

楽しみにしていてください。
posted by 東野純直 at 02:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。